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奈良地方裁判所葛城支部 平成7年(ヲ)4号 決定

主文

奈良地方裁判所葛城支部が平成六年(ル)第二二〇号債権差押命令申立事件について平成六年一二月一三日なした債権差押命令を取り消す。

理由

1  申立人(債務者)(以下単に「申立人」という。)の申立ての趣旨は主文と同旨の裁判を求めるものであり、その申立の理由は「差押禁止債権の範囲の変更の申立書」申立の理由欄記載のとおり、相手方(債権者)(以下単に「相手方」という。)の意見は「意見書」のとおりであるから、これらを援用する。

2  そこで、判断するに、まず

申立人は、差押禁止債権の範囲の変更による債権差押命令の取消事由を民事執行法一五三条一項の「債務者及び債権者の生活の状況その他の事情」に求め、

(1) 債務者の生活の状況その他の事情として、

a  申立人が平成六年七月八日に奈良地方裁判所葛城支部(以下「当庁」という。)に対し自己破産の申立をし、同申立事件が平成六年(フ)第七四号破産申立事件(以下「本件破産事件」という。)として当庁に係属したこと、

b  同申立に際し、申立人は、破産財団たるべき財産(以下「財団財産」という。)が極めて僅少で破産手続の費用を償うに足りないため、破産宣告と同時に破産廃止の決定がなされるよう上申し、当庁が、これを認め、平成六年九月二二日午前一〇時三〇分破産宣告及び同時破産廃止決定(以下「破産同時廃止決定」という。)をしたこと、

c  申立人が平成六年九月二八日に当庁に対し免責の申立をし、同申立事件が平成六年(モ)第四〇三号免責申立事件(以下「本件免責事件」という。)として当庁に係属したこと、

d  申立人の手取り給与が過去六ケ月平均で約一六万六〇〇〇円に過ぎないこと、

e  申立人が妻・三女と同居しているが、妻は賢臓病のため治療中であり、三女は独立の生計を営んでいること、

f  平成六年一一月及び一二月の生活費が前記d記載の手取り給与額を約2万円を越えること、

g  妻の内職で赤字分を補っているが、賢臓病のため内職も思うようにできず、常に内職により三万円の収入を得るとは限らないこと、

h  申立人の賞与が年間約三〇万円を見込めるが、赤字の補填や治療費の支出などに消える蓋然性が高いこと、

i  申立人家族が破産後の経済的更生に努めていることを、

(2) また、相手方の事情として、

a  相手方が大手の金融業者であること

b  相手方が一定の不良債権を予め見越して、高額の利率を設定したうえ、融資していること

c  相手方が融資に際し、融資先の信用調査をほとんどしていないこと

等の事情を主張するが、これら(1)a及びc記載の事実は職権で取り寄せた本件破産事件及び本件免責事件一件記録(以下「本件破産事件等一件記録」という。)、これら(1)b、dないしi並びに(2)a記載の事実は《証拠略》により認められ、(2)b記載の事実は裁判所に顕著な事実であり、(2)C記載の事実は本件破産事件一件記録中の債務者橿原八木支店の債権者意向聴取書3項の記載から推認される外、当庁に係属した相手方を債権者とする消費者破産事件の例から裁判所に顕著な事実である。

3  ところで、破産同時廃止決定後の給料債権差押えの効力については、

(1) 破産法一六条は破産管財人によって債権者に平等弁済を図る破産手続の存在を前提にしたものであるから、破産管財人の選任等の手続が行われない破産同時廃止決定がなされた場合には、破産管財人の選任等の手続は行われないから、破産管財人による債権者らに対する平等弁済を旨とする一般的強制執行手続はないので、抜け駆けによる債権者間の平等を損なうことがあっても、同条を根拠に財団財産を破産者のために留保しておくべき理由はないこと、

(2) また、配当終結後や異時廃止事件で破産廃止決定が確定した場合に、同条の制約が解止され、強制執行が可能となることは同法二八七条二項、三五七条が明文で規定しているところであるから、破産同時廃止決定がなされた場合にだけ、これと異なる扱いをする理由も見出せないこと、

(3) そこで、最高裁判所平成二年三月二〇日第三小法廷判決は、「破産廃止決定が確定したときは破産手続は解止され、この場合に免責の申立がされていても、破産宣告に基づく制約は将来に向かって消滅し、債権者は破産債権に基づいて適法に強制執行を実施することができ」、破産同時廃止決定の確定時から免責決定の確定時までの間になされた強制執行は適法であり、それによる破産債権の弁済は免責決定により遡って法律上の原因を欠くことにならないから、不当利得に当たらないと判断したこと、

(4) この判断に従うと、破産同時廃止決定がなされた場合、免責確定までの間、破産債権の回収は各債権者の個別執行に委ねられることになり、その結果、破産債権者が、債務名義に基づき、財団財産のみならず、破産同時廃止決定確定後免責確定までの間に破産者が取得する新得財産(以下「新得財産」という。)に対しても、強制執行を行うことができること、

(5) そして、財団財産であれ、新得財産であれ、給料債権のうち差押え可能な部分は、もともと債権者の引き当てとなっているものであるから、破産同時廃止決定をなすべき事情があるからといって、そのことのみを根拠に、右部分を破産者のために留保しておくべき理由はないこと

との法理から、給料債権差押えは適法に行うことができ、消費者破産のように財団財産が乏しい破産同時廃止の場合、破産者の給料が差押えの対象になることが多く、それが更生の妨げになることが少なくないが、例えそうであっても、その例外とすべきでない。

したがって、かかる破産者であっても、破産宣告があり、今後免責が見込まれることを理由に、当然に債権差押申立てを違法と判断することはできない。

このことは、相手方の意見のとおりである。

4  しかしながら、民事執行法一五三条一項は、「債務者及び債権者の生活の状況その他の事情」がある場合、差押禁止債権の範囲を変更することができ、ときには債権差押命令を取消しうると定めているが、

(1) 民事執行法の差押禁止制度が債務者の生活保障、生計維持のための保護規定であることから考えると、同法同条同項が差押禁止の範囲を拡張することができる「債務者の生活の状況」は、現在の一般的な生活水準に比して債務者が差押えによって著しい支障を生じない程度の生活水準を確保しえない蓋然性が具体的に存する状況であり、緊急継続的に医療費など家族の生活の維持に多額な出費を要する場合、給与債権差押えの場合でいえば、手取り給与額が一般的な水準に比して低額である場合などの事情がこれに当たり、考慮すべき「債務者のその他の事情」も、債務者の今後の生活水準低下を見込まれる場合など、また債務者に将来弁済が可能になる具体的な見込みがあり、現段階での差押えが必要でない場合などの客観的事情を指すと解すべきであり、

(2) 請求債権が破産債権で、差押給与債権が新得財産であるうえ、将来免責決定確定により債務者が支払いを免れる見込みがあるという事情は、前記4記載の法理に照らし、また、免責の申立ての取り下げや免責不許可の可能性もあることを考慮すべきであるから、それのみでは、直ちに同法同条同項の事情に該当しないが、消費者破産の場合、家族の生活の維持に多額な出費を要するなどの事情があった故、破産に至ったこともあり、同様の事情が破産後も大きくは改善しないこともありうるから、債務者の給料債権のような債務者の更生に必要な新得財産についてまで、一部債権者の抜け駆け的な強制執行が行われると、破産者の経済的更生が著しく妨げられる場合もあるので、破産同時廃止決定があったこと、免責決定が予想されることも、破産者の経済的更生が著しく妨げられるか否かの判断の資料にすることができ、多くの場合両事実の存在は、他の事情と相まって、前記生活水準を確保しえない蓋然性が具体的に存する状況に該当すると判断することができる。

したがって、破産宣告があった本件において、その事実はもとより、今後免責が見込まれる場合はそれも、同法同条同項所定の「債務者の生活の状況その他の事情」の一つの事情とすることを妨げないと解すべきである。

5  そこで、裁判所は、申立人に民事執行法一五三条一項所定の「債務者及び債権者の生活の状況その他の事情」があり、その事情が差押禁止債権の範囲の変更による債権差押命令の取消を必要とする事由に該当するか否かを検討するに、

(1) まず、前記2記載の各事実があること

に加えて、

(2) 長女の結婚という一時的支出があったものの、破産に至った事情の中心は、妻の病気により、予定した収入が得られず、かえって家族の生活の維持に多額な出費を要したことにあったこと、

(3) 同様の事情が破産後も大きくは改善しないこと、

(4) 当庁は、本件免責事件に関し平成七年一月一二日申立人を審尋したが、破産債権者は誰も出頭しなかったこと、

(5) 同事件の免責申立に対する異議申立期間が平成七年二月一四日までと定められたが、それまでに異議申立が全くなかったこと

の各事実が本件破産事件等一件記録により認められ、

(6) 相手方以外に給与債権の差押がなく、相手方が抜け駆け的に新得財産から債権を回収しようとしていること

が推認されるし、

(7) 今後差押債権の対象となる第三債務者から支給される給料は、新得財産に該当するが、新得財産は本来免責後申立人の更生に当てるべき財産であること、

(8) 万一申立人が免責されない場合、また申立人が相手方の債権につき一部免責されない場合、その決定が確定したのち、相手方ら債権者が給与債権を差押することができる蓋然性が大きいこと

の事情も考慮すると、申立人には、差押禁止債権の範囲を変更すべき事情があることは勿論、債権差押命令を取消しうる事情すら存在すると考える。

6  よって、申立人の申立ては理由があるので、これを認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 田川和幸)

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